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赤ちゃんを運んでくる鳥、コウノトリ。この話はヨーロッパで語り継がれてきたようですが、もとは、コウノトリは幸せを運ぶ鳥だったということに由来するそうです。 日本でも、江戸時代には吉兆の鳥として大切にされていたといいます。昔は日本にも住んでいたコウノトリですが、エサ場となる水田の農薬被害や生息環境の変化で、一度、日本の空から姿を消してしまいました。 |
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コウノトリが住める環境を作り出そうと、兵庫県豊岡市では、コウノトリの育成と環境改善に取り組んできました。長年の取り組みが実を結び、昨年はじめて放鳥され、水田にその優雅な姿を見せてくれています。 コウノトリが生きていける環境。つまり、自然がいっぱいある田んぼということ。この田んぼで、美味しい「コシヒカリ」も収穫されました。担当する「JAたじま」でも、限られたところにしか流通させていないとのこと。その少ないお店のひとつが、私たち『お米館』です。この貴重な味わいは、格別です。 |
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●出産のお祝いやギフトに 『コウノトリ育むお米』は、それほど量もなく、貴重な米です。価格も高いので、日常、ご家庭でいただく米にというには、ちょっと難しいかもしれません。 しかし、安全で安心であるということは、コウノトリが実証済み。しかもおいしい。 この特別な米をギフトにいかがでしょう。とくに「コウノトリ」というキーワードから、出産をはじめ、お祝いごとの贈り物に最適。「お米」のギフトは最近、増えています。 『コウノトリ育むお米』のギフト。贈られる方のうれしい笑顔が見えるようです。 ★お買い物ページへすすむ |
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●40年という月日を費やして 「野生のコウノトリが最後までいたのが、兵庫県豊岡市という土地だったんです。このままだと絶滅する。そういう時期、もう今から40年ほど前になるんですが、最後に残ったコウノトリを保護、人口飼育して増やし、もう一度、野生に返そう。そういう取り組みが行われたんです」 JAたじまの方に、その経緯を説明していただきました。 昔、農薬や化学肥料を使っていない田んぼには、ドジョウやフナ、コウノトリが好物だった生き物がいっぱいいました。また、周囲に広がる穏やかな山野も、神経質なコウノトリにとって適した環境だったようです。人とコウノトリが共生している日常。それが昔の風景でした。 昔の風景を取り戻す。それは容易なことではありません。コウノトリを増やさなければならない。山野、田んぼを昔のように戻さなければならない。多くの難関がありました。 |
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●コウノトリを増やし、 環境を改善してきました。 コウノトリを保護したものの、産卵やふ化の難しさなど、飼育は長い困難の道が続きました。しかし、「100羽まで増やすことができたら野生に返そう」という目標を掲げ、尽力を続けました。 「農業の分野でも、コウノトリが住みやすい環境を作らなければならないということで、早い段階から、農薬を減らしたり、合鴨農法などにも取り組んできました」と「JAたじま」。 コウノトリの餌場となる田んぼづくり。多くの生き物が生活する田んぼを目指してきました。 「極端に収穫量が減るということはなかったのですが、除草に失敗したり、病気がついたなど、そういう田んぼでは、半分以下しか収穫できなかったという場所もありました」 半分以下しか収穫できないリスクを負いながらの作業は、生産者やJAの方々にとって、精神的にも、肉体的にも多くの負担が強いられました。 生産者、JA、豊岡市、兵庫県、みんなが、野生のコウノトリ復活に、一体となり取り組んできました。 「3年ほど前、本当に偶然なんですが、ロシアから渡って来たコウノトリが、豊岡市に住みついたんです。あの鳥が豊岡で生きていけるということは、もう放しても大丈夫だとなったんです」 2005年9月、118羽にまで増えた豊岡のコウノトリ、その中から5羽を放鳥したのです。青く澄み渡る空を舞うコウノトリ。復活した野生のコウノトリと人間の共生が、豊岡に復活しました。 |
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●今年もコウノトリが放鳥されます | |
コウノトリの餌場になれる田んぼは、まだわずか。 つまり、この田んぼで収穫される、安心で安全な『コウノトリ育むお米』は、まだあんまり市場に出回っていません。 |
